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チビチリガマが破壊 内部荒らされる 遺骨や遺物、折り鶴も 遺族「ひどすぎる」(琉球新報) - Yahoo!ニュース

【読谷】沖縄戦で住民が「集団自決」(強制集団死)に追い込まれた読谷村波平のチビチ - Yahoo!ニュース(琉球新報)

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記事によると

・沖縄戦で住民が「集団自決」(強制集団死)に追い込まれた読谷村波平のチビチリガマが、12日午前までに荒らされていたことが分かった

・チビチリガマの証言収集などに長年携わっている知花昌一さんが同日午前11時ごろに知人のジャーナリストを案内した時に発見した。ガマ内部の遺骨が集められている部分も荒らされていた。

・ガマに残されていた遺物のびんやつぼ、急須などの遺物も割られていた。折り鶴が引きちぎられ、ガマの入り口にある「世代を結ぶ平和の像」の石垣が破壊されていた。立ち入り禁止の看板も倒されていた。

・遺族会の与那覇徳雄会長は「何のために。動機が分からない」と唇を震わせた。「今回は骨にも手を掛けられている。以前にもあったが今回はひどすぎる」と憤った。


チビチリガマ

チビチリガマは、沖縄県中頭郡読谷村にある鍾乳洞(ガマ)。1945年(昭和20年)、沖縄戦における集団自決(集団死)が行われた場所である。

チビチリガマ
4月1日、アメリカ兵がチビチリガマへ最初に来た際、ガマの入り口まで降りて「デテコイ」と呼びかけて去っていった。「鬼畜米英」と教えられていたアメリカ兵が突然目の前に現れたことで、村民は恐怖のあまりパニック状態に陥るが、その時18歳の女性が「アメリカを恐れることはない。竹槍で戦いなさい」と言ったことで落ち着きを取り戻した。チビチリガマやシムクガマに避難した住民は全員竹槍を持ち込んでいたが、アメリカ軍が浜から上陸したことを知らない住民たちは、敵は落下傘で降りて来ただろうから人数も少ないから竹槍で十分戦えると考え、竹槍を手に取り入り口に向かった。村民の一部は、「殺せ」「やっつけろ」「天皇陛下万歳」と口々に叫び、ガマから飛び出して突撃し、2メートルほどの竹槍を、7メートル以上上のガマの崖上に並んでいたアメリカ兵に向かって突き出した。崖の上から機関銃や手榴弾の攻撃が降り注ぎ、先頭にいた2人の男が狙撃された。アメリカ兵は救出をあきらめて立ち去り、「安心して出てきなさい」といった内容のビラと一緒にチョコレートや缶詰、タバコを置いていったが誰もビラを信じず、食べ物を口にする者は一人もいなかった。元日本兵を名乗る男が、ガマ内の前と奥をつなぐ場所に持ち込んでいた布団を積み上げて火をかけ、煙により死のうとしたとき、一人の女が炎に飛びかかり山を崩し火を消した。

4月2日時点のガマは、過密状態で風が通らず、酸欠状態になっていた。午前8時頃に再びアメリカ兵が来て、ガマから出るよう呼びかけるが、元日本兵の「出て行けば殺される」という言葉を信じ、ガマを出る者はいなかった。その後、娘から「殺して」と頼まれた一人の母親が、娘の首を包丁で刺した後、続いて息子を包丁で刺すと、自決する者が続出し、元日本兵が再び火を付けると、炎と煙がガマ内に充満した。煙で苦しむよりはアメリカ兵に撃たれて楽に死のうと考えた者はガマの外に出たことで助かり、都屋の収容所に移送された。

チビチリガマへは世帯数31、総人口194名のうち139名が入ったが、自決者数は82名、死亡率は60%に上り、その過半数が子どもであった。



この話題への反応


聖地の破壊。遺骨も入れ歯も荒らされて、こんな暴挙、許せません

尊い命が眠る場所を荒らすなんて、誰であってもやってはダメだろ…

ちょっとあまりのことに、言葉が出ないな…破壊したとて、ここであった出来事は無くなりはしない。が、こんな扱いを放っておいてはいけない。

一体こんなことをして何を主張したいのだろうか!

これをやったことで何を得られるのかが全く解らないが なにやら偏った思想に基づく行為に思える。   でもね どんな思想を持っていて それが正しいか正しくないかという以前に 絶対にやってはいけない死者に対するとてつもない冒涜だし 思想以前に人間の心というものが欠如しているとしか思えないよ。

犯人は末代まで呪い祟られるといいよ

なんでこんなひどいことができるのか?まともな人間の感覚をもっているのか? 怒りもあるけど、とんでもない時代になったのかと恐怖すら感じる。

これは酷すぎる。 犯人許せないな。 久しぶりにものすごい怒りが湧き上がってきた

墓を荒らすってなかなか日本人では難しいメンタルだよね

人じゃないかもしれんね(心が)










これはひどい・・・どんな意図があったのかわからないけど

ここまで荒らせるやつはもう普通の精神状態じゃないよ