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ノーベル文学賞にカズオ・イシグロ氏 日系イギリス人 | NHKニュース

ことしのノーベル文学賞に、日系イギリス人で世界的なベストセラー作家のカズオ・イシグロ氏が選ばれました。

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・スウェーデンのストックホルムにある選考委員会は、ことしのノーベル文学賞の受賞者にカズオ・イシグロ氏を選んだと発表した。

・イシグロ氏が1989年に出版された「日の名残り」は、第2次世界大戦後のイギリスの田園地帯にある邸宅を舞台にした作品で、そこで働く執事の回想を通して失われつつある伝統を描いている。

・また、2005年に出版された「わたしを離さないで」は、臓器移植の提供者となるために育てられた若者たちが、運命を受け入れながらも生き続けたいと願うさまを繊細に描いたフィクションで、その後映画化され、日本でも公開された。



カズオ・イシグロ

カズオ・イシグロ(Kazuo Ishiguro OBE, 漢字表記:石黒 一雄、1954年11月8日 - )は、長崎県出身の日系イギリス人作家である。1989年に長編小説『日の名残り』でイギリス最高の文学賞ブッカー賞を受賞した。ロンドン在住。2017年、ノーベル文学賞受賞。


作家活動
1982年、英国に在住する長崎女性の回想を描いた処女作『女たちの遠い夏』(日本語版はのち『遠い山なみの光』と改題、原題:A Pale View of Hills) で王立文学協会賞を受賞し、9か国語に翻訳される。
1986年、戦前の思想を持ち続けた日本人を描いた第2作『浮世の画家』(原題:An Artist of the Floating World) でウィットブレッド賞を受賞する。
1989年、英国貴族邸の執事を描いた第3作『日の名残り』(原題:The Remains of the Day)でブッカー賞を受賞する。この作品は1993年に英米合作のもと、ジェームズ・アイヴォリー監督・アンソニー・ホプキンス主演で映画化された。
1995年、第4作『充たされざる者』(原題: The Unconsoled) を出版する。
2000年、戦前の上海租界を描いた第5作『わたしたちが孤児だったころ』(原題:When We Were Orphans) を出版、発売と同時にベストセラーとなった。
2005年、『わたしを離さないで』を出版する。2005年のブッカー賞の最終候補に選ばれる。この作品も後に映画化されている。同年公開の英中合作映画『上海の伯爵夫人』の脚本を担当した。
2015年、『忘れられた巨人』(原題:The Buried Giant)を英国、米国で同時出版。


人物
1995年に大英帝国勲章(オフィサー)、1998年にフランス芸術文化勲章を受章している。2008年には『タイムズ』紙上で、「1945年以降の英文学で最も重要な50人の作家」の一人に選ばれた。自身に対する高い評価について、移民の流入によりイギリス社会が大きく変動している中で、マイノリティーに属しながら伝統的な英文学の素養を基にする作品が多民族主義への回答となり得ると思われたためであろうと述べている。現代作家で最も注目している一人として村上春樹を挙げている。

日本との関わり
両親とも日本人で、本人も成人するまで日本国籍であったが、幼年期に渡英しており、日本語はほとんど話すことができないという。最初の2作は日本を舞台に書かれたものであるが、自身の作品には日本の小説との類似性はほとんどないと語っている。1990年のインタビューでは「もし偽名で作品を書いて、表紙に別人の写真を載せれば『日本の作家を思わせる』などという読者は誰もいないだろう」と述べている[4]。谷崎潤一郎など多少の影響を与えた日本人作家はいるものの、むしろ小津安二郎や成瀬巳喜男などの日本映画により強く影響されているとイシグロは語っている。
1989年に国際交流基金の短期滞在プログラムで再来日し、大江健三郎と対談した際、最初の2作で描いた日本は想像の産物であったと語り、「私はこの他国、強い絆を感じていた非常に重要な他国の、強いイメージを頭の中に抱えながら育った。英国で私はいつも、この想像上の日本というものを頭の中で思い描いていた」と述べた。










おめでとうございます。

村上春樹さん・・・今年もだめだったよ




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