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元バンダイ社員の漫画家・岡本倫先生より

『ピピンアットマーク』と『たまごっち』について語る




ピピン発売時はバンダイ社員でしたが、当時はたまごっちが売れまくった時で、決算発表前に社員が会議室に集められたので臨時ボーナスでも出るのかとみんなワクワクしていたら「ピピンの損失を計上したので今期は大赤字になりました」と言われて社員が呆然とした話も出ますか?




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株式会社バンダイ(英: BANDAI Co., Ltd.)は、バンダイナムコグループの玩具、模型、既製服(アパレル)、生活用品等を手がけるメーカー。「変身」や「妖怪」を商標登録している。コーポレート・メッセージは「夢・クリエイション」。

1990年代
海外では1993年にアメリカ版スーパー戦隊のパワーレンジャーが大ヒットをとばす。しかし前述のようにゲーム機で任天堂やセガに後れをとったと考えたバンダイは1994年に「プレイディア」、1996年に「ピピンアットマーク」を販売するも失敗。これに加え、同時期の玩具事業の不振、スーパーファミコン用ソフトの不振により1997年3月期の連結決算は上場以来初の赤字となる見通しになった。

こうした経営不振から1997年、セガとの間で「セガバンダイ」として合併を行うと発表された。これに関してセガの中山社長は「ピピンが成功していたら合併はなかったろう」としている。逆にセガとしてはセガが弱い低年齢向けのキャラクターで強みがあるバンダイとの合併はメリットがあった。また当時、セガはライバルのSCEにゲーム機戦争で負けつつあり、この合併は「敗者連合」とされた。

しかしたまごっちの大ヒットや、バンダイ社内からの反発も強く構想は破談。ただこの2要素が破談の「決定的要因ではない」としている。



ピピンの事業はその後も続けられたが1998年に撤退、同事業をてがけていたBDE(バンダイ・デジタル・エンタテインメント)は解散する。これに伴った特別損失270億円を計上。このためたまごっちのヒットにより1998年3月期の連結決算は2882億円と過去最高だったにもかかわらず、単独決算では赤字に転落する。

さらにたまごっちのブームの終息を見極められず、大量の在庫を抱えてしまい、1999年3月期では単独決算、連結決算ともに赤字になる。単独決算は2期連続の赤字である。この責任を取り、茂木隆は退職。山科誠も名誉会長職に退き、「山科体制」は崩壊した。


この記事への反応



バンダイの社員さんだったのも驚きだけど、あれだけうれたたまごっちを足引っ張るどころか大赤字に至らしめるピピンアットマークの恐ろしさ

せ・・・せつねえw

あ、ピピンでのピンチをたまごっちが救った、みたいな感じと思ってたけど逆だったんですね

ピピンの損失>たまごっちの利益
ってマジかよ。どれだけ社運かけてたんだピピン


アレだけたまごっち売れたのにピピンのせいで赤字ってどんだけ損失出したんだ……ひどすぎるw

そのたまごっちも過剰な需要に応えるための設備投資と在庫処分により最終的には大赤字で、穴埋めのために企画されたのがデジモンだったという…。

たまごっちの黒字を相殺するどころかそれを遥かに越えてくる赤字ってのが凄い。当時地方に住んでたけどもピピンのピの字も聞かなかったから、地方では店に入荷すらしていなかったのでは…??

ピピンは色んな人を不幸にしていきました

大爆死ハードとしてそれなりの知名度あるよね。 実写ケツ顎シャアのガンダムゲームを輩出したことでもネタ的に愛されてる。

三百億円溶かしてもうたか〜

ゲーム機として売ったのが失敗だったのかな。ハードは悪くなかったかもしれないけど、売り方が徹底的に悪かった。

ニンテンドー64とほぼ同時発売だったんか...

岡本倫がバンダイ社員だったという情報が一番驚いた










ピピンの損失とんでもないな…
ここから逆転したバンダイもすごい