
この世はすべて #ガチャ でそれを 「当たり」にするのは自分#親ガチャ #子ガチャ #自分ガチャ すべてベストを尽くすことで「当たり」にすることができるのです。#もぎけんの情熱脳教室 #茂木健一郎https://t.co/QJ0olGRyTL
— 茂木健一郎 (@kenichiromogi) September 30, 2021
この世はすべて #ガチャ でそれを 「当たり」にするのは自分
#親ガチャ #子ガチャ #自分ガチャ すべてベストを尽くすことで「当たり」にすることができるのです。
この記事への反応
・相変わらずポイントがズレてるよな、この人
親ガチャは"生まれた親の元での環境"についてを指しているのであって
どういう人生を歩んだかの結果についてはどうでもいい話
頑張ってその後の人生が素晴らしかろうが
親がハズレであればハズレで変わりはない。
・ 「『当たり』にすることができる」ことが社会的に非常に困難になってきているから、「ガチャ」という個人の努力ではどうにもならない生得的な能力差や経済格差が意識されるようになってきているのである。
茂木のように、この問題を個人の努力の差に還元するのならば、いわゆる「自己責任論」になり、差別につながる恐れがある。
・ 虐待されて学校の先生にも通報されて来てくれた警察に言っても助けてくれないもらえないのに。
「逃げ出せばいい」なんて簡単に言うけど、自分の置かれてる環境が相当異常やってことに当事者はなかなか気付けないから無理。
その後PTSDを発症して精神障害者になり無職ですが、どこをどうやってもっとベストを尽くせと言うんでしょうか。
教えて下さい。
・今のガチャ感覚って、昔から変わらない不公平感・不公正感や自己不全感とはちょっと違っいます。”偶然性という我々の宿命は変えられないので我々の意志こそ問われている”みたいな素朴な実存話ではなく、個人がどうこういう段階ではなく既に疲弊した制度の修復から始めないと駄目な状況かと(=ω=)
・ 自分の不幸せを全部ガチャのせいにする人は嫌いだけど、恵まれてる人がそのことを理解せずにいることもまた腹が立つ。
恵まれない環境に生まれても腐らずに頑張る人が好きだし、恵まれた環境に生まれて成功しても謙虚でいる人が好きだ。
自分の力ではどうにもならないことはたくさんある。しかしそうしたことにあまり神経質にならずに頑張って生きていけたらいいんじゃないかな。
・ いやいや、どんな脳みそしてんだよ。
高学歴、スタイル抜群、超高収入、イケメン、語学堪能、高社会的地位、上級国民、上級階級等等の親なら、ピークまでのスタートやチャンス量、時間に労力が圧倒的だろ。努力を美化しすぎ、努力はめちゃくちゃしんどくて辛くて時間がかかり報われない時もある。報われない時のリカバリーはめっちゃ大変でお疲れ様でしたではすまない。
でも親が色々持ってると、リカバリーは容易。
・ 全てにベストを尽くすことができる人なんて殆どいない。大谷翔平と同じくらいの時期に野球を始めた人は数十万人いるだろうが、全てにベストを尽くせたのは彼とあと数人。
殆どの人間は支援されればベターな行動を取れるが、特に子供は親などに脚を引っ張られながらベストを尽くせるはずがない。
子供の成長を邪魔せず適切な支援をできる親は当たりで、成長の阻害ばかりする親はハズレという意味と捉えているので、親ガチャという表現はわかりやすいと思う。
・ 言ってることは正しいといえば正しいだろうけど
ベストを尽くそうとするための気持ちを持てること自体が親の影響はじめ環境次第であったりするわけで
虐待事件や重度の毒親を持った人の例とか聞くと正直綺麗事を言う気にはならなくなる
・親ガチャは根性や努力ではどうにもならんという話だと思うわけで
こういう自己責任論は的外れ
・ まあ、必死にあがいてる奴らはいるよね。
自分の力でどうにもならないところをガチャと呼んでるんじゃないかな…

- カテゴリ

はちま起稿
ゲーム全般カテゴリ 2 位
国内最大級のエンタメブログ。ゲーム・アニメ・漫画・時事ネタなど、たくさんのネタを面白おかしく紹介します。
フォローするとアプリで新着記事や
過去記事の閲覧ができます
過去記事の閲覧ができます

1. はちまき名無しさん
当たるまで何度も引けるならそうだろうな
リセマラ機能ある?